これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/03/13 頻度

肉腫、という語は、非上皮性の悪性腫瘍、という意味である。 これに対し上皮性の悪性腫瘍は、癌腫、と呼ばれる。 癌腫と肉腫を合わせて「がん」と呼ぶ、という流儀もあるようだが、平仮名で書くのは間抜けな感じがするので、私は好きではない。

たとえば、平滑筋の良性腫瘍は、「平滑筋腫」と呼ばれる。 平滑筋は非上皮性であるから、これが悪性腫瘍になった場合は癌腫ではなく肉腫であり、つまり「平滑筋肉腫」と呼ばれることになる。「平滑筋癌」ではない。 平滑筋腫、といえば、子宮にできることが多く、臨床的には「子宮筋腫」と呼ばれることが多い。 むろん、子宮に平滑筋肉腫ができることもあるので、臨床的に子宮筋腫を疑った場合、肉腫との鑑別に注意を要する。 というのも、平滑筋腫であれば、放置しても死ぬことはないが、肉腫であれば予後不良だからである。

平滑筋腫と平滑筋肉腫を正確に鑑別するには、現在のところ、組織学的観察が唯一の手段である。つまり、病理診断である。 とはいえ、放射線診断学的にも、ある程度は鑑別可能である。 すなわち、肉腫であれば壊死や出血を伴うことが多く、それを MRI で捉えることができれば、肉腫と推定できるのである。 ただし、肉腫であっても壊死や出血を伴わないことはあるし、逆に、平滑筋腫であっても壊死や出血を呈することがあるから、難しい。

このあたりを正確に理解していない医者の中には、安易に「肉腫なら、壊死や出血がある」などと言う者が少なくない。 「この患者の場合、大きな壊死も出血もなさそうだから、良性の平滑筋腫である」と診断するわけである。 むろん、これは誤りなのだが、そもそも平滑筋肉腫は平滑筋腫に比して頻度が圧倒的に低いので、 こういう不正確な論理で「平滑筋腫だ」と診断しても、大抵、当たってしまう。 当たってしまうから、彼らは、自分の診断論理が正しくないことを、いつまでたっても認識しない。

こうした不正確な論理に満足する風潮は、近年、強まっているように感じられる。 「臨床推論」という語をもてはやす人々の中に、厳密な論理ではなく、不確かな所見の積み重ねによって診断を「当てる」ことを好む一派が存在するのである。 彼らは「感度」や「特異度」の数値を好む傾向にあるが、実は確率論も統計学も修めておらず、的外れな論理を振りかざしている。

要するに彼らの態度は、「8 割の患者を正しく診断できれば、残り 2 割は間違っても仕方ない」というものである。 これに対し「10 割の診断」を強調しているのが、病理漫画「フラジャイル」であって、いささか演出過剰な気はするが、述べていることは概ね正しい。

さて、学生時代から気になっているのが、消化管ポリープに対する臨床診断の正確さである。 病理診断に出された検体をみる限り、9 割以上の症例において、臨床診断は病理診断と合致している。 これは、あまりに的中率が高すぎるのではないか。

理屈として、内視鏡所見で癌と良性腫瘍、および非腫瘍性病変を、本当に正確に鑑別できるはずがない。 それが現状では鑑別できている (ようにみえる) ということは、ひょっとすると、我々の病理診断が間違っているのではないか。


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