これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
非アルコール性脂肪性肝疾患 (Non-Alcoholic Fatty Liver Disease; NAFLD) や 非アルコール性脂肪肝炎 (Non-Alcoholic SteatoHepatitis; NASH) は、 医科の学生にとって、理解に苦しむ疾患概念の一つであろう。 少なくとも私は、学生時代にロビンスの病理学の教科書を読んで、よく理解できなかった。 正直に言うが、研修医になってからも、NAFLD/NASH の概念をキチンとは理解しないままに、二年間を過ごした。 オタク向け雑誌である「病理と臨床」では、2017 年 3 月号で NAFLD/NASH を含め「びまん性肝疾患」の特集を組んでおり、一応は目を通したが、読んでもわからなかった。
で、専門医資格を持たないヒヨコとはいえ、一応、病理医になったのが現在である。 むろん指導医の監督つきではあるが、北陸医大 (仮) 病理部の診断の一翼を担っているわけである。 あたりまえだが、NASH 疑い、という肝生検の標本も私の所に届く。 あるいは肝癌の手術検体を病理診断するにあたっては、背景肝も、診る。 「NAFLD/NASH は、わかりません」と言える立場ではない。 もし「わかりません」といえば、指導医のセンセイが優しく丁寧に教えてくれるであろうが、こういうのは、教われば身につくという性質のものではない。 自分で勉強し、自分で考え、自分で診断して、初めて理解できるものであろう。 そもそも、指導医の教えてくれる内容が正しいという保証もない。 今のうちなら、もし自分の診断が間違っていれば、指導医が指摘してくれる。そこを信頼して自分の足で歩こうとすることは、甘えではない、と思う。
そういう状況になってから、改めて教科書や「病理と臨床」を開くと、不思議と、理解できるのである。 結局、細胞や組織の変化というものは、言葉で表現できるものではなく、実際にモノをみなければ、わからない、ということなのであろう。
NAFLD/NASH の病態は、いまなお、よくわかっていない。 飲酒が肝障害を惹起することはよく知られているが、ここで議論するのは、それ以外のものである。 アルコール性肝障害と非アルコール性肝障害の異同については、別の機会に述べることにしよう。
肝細胞においては、機序はよくわからないのだが、しばしば脂肪の蓄積がみられる。 そのような脂肪が蓄積した状態を NAFLD と呼ぶ。 炎症があろうがなかろうが、肝細胞に著明な変性があろうがなかろうが、全て NAFLD である。 つまり、この言葉は、非常に幅広い病変を包含するものである。
NAFLD のうち、単に脂肪が蓄積しただけで、炎症は起こっていない状態を単純性脂肪肝と呼ぶ。 この脂肪の蓄積量について、Hepatol. 56, 1751-1759 (2012). のように「肝細胞全体の 5% 以上に脂肪化がみられるものをいう」という基準を設ける意見もあるが、 「病理と臨床」の記事によれば、「5%」という値に科学的根拠はなく、少量でも脂肪化がみられれば異常である。
こうした脂肪の蓄積は、それ自体が、どうやらマクロファージの活性化を通して炎症を惹起するらしい。 炎症を全く来していない単純性脂肪肝を NAFLD に含めない流儀もあるようだが、 病理診断学の聖典 Goldblum JR et al., Rosai and Ackerman's Surgical Pathology, 11th Ed. (Elsevier; 2018). の記載によれば、含めた方が合理的である。 というのも、単純性脂肪肝は古典的には可逆的な変化であると考えられてきたが、実際には脂肪の蓄積自体が炎症を引き起こし、やがて非可逆的な繊維化に至る。 つまり単純性脂肪肝は、既に、非可逆的な NAFLD の初期病変なのである。
少し長くなってきたので、続きは次回にしよう。