これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/06/21 病理学会 第 1 日

近頃、日記を書くゆとりが乏しい。これは、実に良くないことである。 なんとしても、日記を書く心の余裕を保たねばならぬ。

本日は、日本病理学会 第 107 回総会の初日である。私は昨日から、札幌市内のホテルに滞在している。 今朝、会場に着くと、名古屋時代の同級生で同じく病理医となった諸君に遭遇した。その中の一人は、私をみて「ツチノコに遭遇したような気分だ」と、再会を喜んでくれた。

まずは「分子病理診断講習会」というセッションに参加した。 病理学会では、学術的色彩の強いセッションと、診断業務に特化したセッションとがあり、これは後者に属する。ここでは、いわゆる「がんゲノム医療」の運用に向けて、いわゆる次世代シークエンサーによる検査を巡る諸問題が解説された。 この「がんゲノム医療」というのは、基本的には、腫瘍細胞の遺伝子を調べて有効そうな分子標的薬を選ぶ、というものである。ただし、この「有効」というのは、基本的には「腫瘍が小さくなった」「生命予後が少し改善した」というだけの意味であって、それが本来目指すべき癌治療のあり方かどうかには、大いに疑問がある。 が、そのあたりは敢えて論じずに「最近は良い薬がたくさんでている」というような発言も聞かれたことは遺憾である。

11 時からは、岡山大学の吉野教授による宿題報告を聴いた。 リンパ腫、特に濾胞性リンパ腫についての報告であるが、当然のことながら、教授は、自分が何を言っているのか完全に理解した上で喋っているので、堂々たる発表ぶりであり、明快であった。 ただし発表技術という観点からいえば、教授ほとんど常に手元のコンピューター画面をみながら話しており、我々聴衆の方にはほとんど視線を向けなかった点が遺憾である。

午後はポスターセッションに顔を出した。 我々工学部出身者からすれば、ポスターセッションというのは、発表者は基本的に自分のポスター前で待機し、訪れた人と活発に議論する、という場である。 ところが、他の臨床医学系学会でも同様らしいが、病理学会のポスターセッションでは、発表者はポスターを掲示した後はどこかに行ってしまう、いわゆる「貼り逃げ」が主流のようである。 ポスターというのは、基本的にはそれを読むだけで、補足の口頭説明なしで理解できるように作られているものであるが、それでも、読んだ上で激しくディスカッションできるのがポスター発表の醍醐味ではないのか。 実際、そういう理由で、口頭発表よりもポスター発表をしたがる研究者は、少なくないのだが、医学界では事情が異なるらしい。 おそらく、「発表した」という事実だけが重要なのであって、だから、自分が診たわけでもない患者について症例報告する、という蛮行が絶えないのであろう。

さて、工学系の学会などでは、ポスター発表者が不在の場合、質問やコメントなどを書き込んだ名刺を残していく、ということをやる者も多い。 しかし病理学会の場合、理由は知らぬが、そういう風習がないらしい。これでは学術的議論が起こらず、何のために学会発表をやっているのか、わからない。 私はあくまで工学系の人間であり、病理学会の悪い風習に染まる気はないから、何件か、そうやって名刺を残して来た。

よくみると、自分のポスター前で待機している、留学生らしき発表者もいた。 少なくとも精神のあり様としては、優秀な学生である。 しかし、彼と活発に議論しようという参加者は少ないようであった。 これでは日本の恥である、と思った私は、彼のポスターを一通り眺めた上で、説明を求めた。 彼はどうやらアジアの某国から来た留学生であるらしい。 率直にいえば、センセイの言うとおりに実験しただけであって、抜群に優秀というわけではないような印象を受けたが、マジメな学生には違いない。

午後の後半は、間質性肺炎のワークショップに出席した。 先頭の関東中央病院の岡医師の発表は、たいへん、ためになった。 というのも、岡医師は、現在主流である Multi-disciplinary discussion (MDD) に対し批判的な発言をしていた。実はこれは、私が密に抱いていた不満と完全に一致していた。 私はてっきり、この分野の「偉い人」は皆 MDD の信奉者であり、私は異端なのだろう、と思い込んでいたのだが、実はそうでもないらしい、ということが、わかったのである。

長崎大学の福岡教授は、安定した演説巧者である。会場が沸いていた。 福岡教授に対しては、山口大学の某氏 (失礼ながら名前を聞き取れなかった) が「原因不明で間質に繊維化があるなら、それは膠原病ではないのか」という質問をしており、たいへん、良かった。 私も全く同意見である。膠原病は自己免疫性疾患であるなどという決まりはなく、抗核抗体や自己抗体の存在は、膠原病の必要条件ではない。 そういう意見を表明することこそが学会の面白さである。 「〇〇が注目されている」「△△とされている」などという、他人の言葉を受け売りするだけの無責任な発表をする者も世の中には存在するが、そういうのは、実につまらない。

明日は、午前中に病理診断講習会と宿題報告、午後はポスターセッションと感染症のワークショップに出席しようと思う。


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