これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/04/18 遺伝率 (1)

4 月 20 日の記事も参照されたい。

名大時代の友人の一人から、ふと「遺伝率」の話をふられた。 これは疫学用語であるが、特に精神医学の分野で扱われることが多いように思われる。 精神疾患に限らず、大抵の疾患は、程度の差こそあれども遺伝的要因と環境要因とによって生じると考えられている。 そこで遺伝的要因の寄与がどの程度なのか、ということに関心を持つのは自然なことである。 おおまかにいえば、その「遺伝的要因の寄与の割合」のことを「遺伝率」と呼ぶのであるが、その正確な概念は難しい、というより、正確には定義できない。

改めてみると、「遺伝率」をキチンと説明した教科書は、多くない。 私の手元にある書物の中では、小児科学の名著 Kilegman RM et al., Nelson Textbook of Pediatrics, 20th ed., p.628, (Elsevier; 2016). にのみ簡潔に記載されている。 この Nelson の説明によれば、

Phenotypic variance = Genetic variance + Environmental variance + Measurement variance

という関係を仮定した上で、遺伝率 heritability を h で表すことにすれば、

h2 = Genetic variance / Phenotypic variance

と定義される。 ここでいう variance というのは、統計学でいう分散のことである。 上述の式をみると、統計学の初歩を修めた人であれば、分散分析をしようとしているのだな、と想像できるであろう。 分散分析になじみのない人は、小野滋氏が書いた 読めば必ずわかる分散分析の基礎という文書が、正確かつ簡明なので、読まれると良い。

問題は、上述の定義において、遺伝要因による分散と環境要因による分散を加算していることである。 Nelson では、この関係について

The phenotypic variance of a particular trait can be partitioned between the contributions of the genetic variance, environmental variance, and the measurement variance.

と決めつけている。 これは、実は遺伝要因と環境要因が互いに独立に作用する、と仮定することに等しいのだが、常識的に考えて、両者は独立ではない。 現実には、遺伝要因と環境要因は複雑な関係にあると考えられるから、上述の「遺伝率」の定義は、 計算を可能にするための強引で不適切な近似に基づくとみるべきであろう。 この近似を最初に導入したのが誰であるかは知らぬ。 Wikipedia 英語版の記事では O. Kempthorne の `An introduction to genetic statics' (1957). を引用しているが、この文献は北陸医大 (仮) に所蔵されていないので、私自身は確認していない。

さて、この話には続きがあるのだが、長くなってきたので、次回にしよう。


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