これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/04/16 科学者としての誠実さ

ある放射線関係企業の広報誌を読んで、憤慨した。 その記事は、水素を検出する材料の開発についての読み物であった。 概要としては、水素があると色が変わるような材料を開発した、というものであり、水素検出器としての応用が期待される、とのことである。 工学的観点からすれば、この記事には 2 つの重大な欺瞞がある。

一つは、次の記載である。

したがって、水素を石油、石炭などに代わるエネルギー源として利用するには、その製造、貯蔵、輸送、そして消費の各段階で、 保安上の問題に配慮しながら新しい技術を開発しなければなりません。

完全に、素人を騙しにかかった記述である。 確かに、水素を次世代エネルギー源として利用しようという話は、何十年も前から研究されている。 ただし、それは石油や石炭の代わりではなく、電気の代わりとして利用しよう、という話である。

現在、我々は石油や石炭、あるいは原子力などを一次エネルギー源として利用しており、そのエネルギーを輸送する手段として電気が広く用いられている。 これに対し、電気ではなく水素で輸送した方が高効率なのではないか、というのである。 だから、仮に水素利用の技術が確立しても、石油や原子力から脱却できるわけではないのに、そこをゴマカシて、素人を勘違いさせようというのが上述の記事である。

ついでにいえば、このゴマカシは、電気自動車などについてもあてはまる。 電気自動車は、確かに走行時には汚染ガスなどを排出しないが、代わりに発電所で多量の汚染物質を産出している。 そして電気は、送電時のエネルギー損失が非常に大きいので、電気自動車というのは、全体としてはエネルギー効率が悪く、環境負荷も大きい。 エンジン効率の高いハイブリッド車に比べて「クリーン」であるかどうかは疑わしいのだが、その点について素人に誤解させる広告戦略が採られている。

そして、元原子力物理学者として私が許せないのは、次の記載である。

この水素検知材料は、ガンマ線の照射に対してほとんど影響を受けない素材で構成されていることから、放射線環境下においても水素検知が可能です。

水素検知と放射線の関係について何も触れずに、いきなり、放射線環境下の話を始めているのである。 これでは素人には何のことだか、全くわからない。 もし、これが、単なる書き忘れ、説明不足であるならば、文章が下手だというだけのことである。 が、おそらく、これは故意に省いたのであり、科学者としての誇りと良心にもとる行為である。

水素は、天然資源ではない。石油などの燃焼エネルギーを変換して生成する必要がある。 実は、水素の発生源として有力視されているのが、原子炉なのである。 現在の原子力発電所は、熱エネルギーを利用してタービンを回して発電している。 これに対し、熱エネルギーをうまく変換すれば水素を生成できるのではないか、というわけである。

このように、原子炉と水素の組み合わせでエネルギーを生成・輸送することを念頭に置いているから「放射線環境下で水素検知」という話になるのである。 しかし原子炉を前提とする技術は、昨今の社会情勢ではウケが悪いから、敢えて省いたのであろう。

諸君には、科学者としての誇りがないのか。 風力だの太陽光だのは、原理的に重大な欠陥を抱えているために、主たるエネルギー源としての利用は不可能である。夢物語に過ぎないのである。 現実に社会を支えるエネルギー源としては、原子力を使用せざるをえない。 そのために、安全な原子力技術の確立をめざして、我々は研究していたのではないか。 なぜ、自分の仕事を貶めるような文章を書くのか。


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