これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/06/05 卵巣奇形腫

少し間隔があいてしまった。久しぶりに、まじめな医学の話をしよう。 卵巣奇形腫についてである。 以前書いた甲状腺瀘胞の話の続きは、そのうち、書く。

卵巣奇形腫は、胚細胞由来の腫瘍である、とされている。 ここでいう胚細胞とは何か、という問題も面白いのだが、それは別の機会に論じることにしよう。 とにかく、卵の前駆細胞である「ある種の細胞」が腫瘍化して生じるのが卵巣奇形腫であり、多くの場合は良性である。

典型的な奇形腫では、毛が生えていたり、軟骨や骨、あるいは歯牙を形成したりと、多彩な組織を含む腫瘍となり、これは成熟奇形腫と呼ばれる。 これらは、顕微鏡的にはそれぞれ、正常な皮膚や毛、軟骨、骨、歯牙などと非常によく似た構造をしている。キチンと分化しているのである。 多くの成熟奇形腫は、肉眼所見が特徴的なので、パッとみただけで、だいたい診断できる。

ただし、奇形腫をよく観察すると、ごく一部の領域に、未熟な中枢神経系組織などが含まれていることがある。 未熟、というのは、キチンと分化していない、という意味である。 そういう未熟な組織を含むものは、悪性であると考えられており、未熟奇形腫と呼ばれる。 細かいことをいえば、「多少、幼若な組織を含んでいる」というだけならば成熟奇形腫であり、「未熟な組織を明瞭に含んでいる」ならば未熟奇形腫である、とする教科書もある。 このあたりの「成熟」「幼若」「未熟」という語の使い分けは、あまりはっきりしていないように思われる。 両者の境界は、だから、実は少し曖昧なのである。

以上が漠然とした疾患概念の説明であるが、成熟奇形腫、という疾患を厳格に定義すると、どのようになるか。 何も国連が偉いわけではなく、権威に盲従するわけでもないが、まぁ、この場合は、WHO (World Health Organization) の定義に異論を唱える人は少ないであろう。 WHO Classifification of Tumours of Female Reproductive Organs, 4th ed. (IARC; 2014). によれば、Mature teratoma とは

A tumour composed exclusively of mature tissues derived from two or three germ layers.

三つの胚葉のうち、二ないし三の胚葉成分から成る、成熟した組織のみで構成されている腫瘍

をいう。

ここで注意されたいのは、単一胚葉のみから成る奇形腫は、成熟奇形腫ではない、ということである。 成熟奇形腫よりも、さらに分化がはっきりした奇形腫であれば、単一胚葉のみから成ることもあるだろう。 そういうものは、単胚葉性奇形腫 monodermal teratoma と呼ばれる。

臨床的には、肉眼的に成熟奇形腫であるものの、組織学的には皮膚や神経しかみつからない、という場合がある。 この場合、成熟奇形腫とは呼べない。 ところが上述の WHO 分類では、単胚葉性奇形腫としては、主として甲状腺、あるいは中枢神経系、もしくは脂腺から成るようなものが述べられているに過ぎない。 主として皮膚から成る単胚葉性奇形腫、などというものは、記載がないのである。 これは、一見「皮膚しかない」ようにみえる病変であっても、本当に詳細に検索すれば、中胚葉あるいは内胚葉由来の成分が存在するからである。

すなわち、もし諸君が、「本当に外胚葉成分しか含んでいない、主として皮膚から成る奇形腫」をみたならば、それは、すごく稀な病変だということになる。


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