これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/05/28 ブラックペアン

ブラックペアン、という医療ドラマが放映されているらしい。みていないので、内容は知らぬ。 文春オンラインの記事によると、このドラマにおいて臨床試験、いわゆる治験の印象が 不当に歪められている、という趣旨の抗議が、臨床薬理学会から TBS に行われたらしい。 要するに、製薬会社から医師に対して不適切な金銭授受などが行われており、それを臨床研究コーディネーター (CRC) が仲介している、というような描かれ方をしており、 事実に著しく反する、というような抗議内容であるらしい。

文春の記事を読む限り、このドラマは演出過剰であって、臨床薬理学会が抗議したくなるのも理解できなくはない。 しかし、製薬会社と医師が癒着し、半ば公然と利益供与を行っているのは事実である。 病院や医師が主催する諸般の催しに対して、製薬会社は積極的に後援して経済面を支えている。 また、ある種の勉強会を医師らが行う場合、形式的には製薬会社が「主催」することで、会場費などはもちろん、タクシーチケットまで支給されることも珍しくない。 むろん、これは製薬会社が「社会貢献」として無償の善意で行っているのだろうが、世間からは大いに「誤解」されかねない。

臨床試験についても、優良誤認させるためのテクニックがたくさんある。 たとえば統計処理ひとつとっても、予め「適切に」試験計画をたてておけば、意図した結果を導くことができる。 わかりやすい例をいくつか過去に紹介した。 「社会常識をわきまえた大人」であれば、学術論文で、スポンサーの製品を悪く書くことはしないであろう。

名古屋大学時代、臨床実習の一環として、臨床研究の支援を行う部門で 1 週間、講義・実習を受けた。 その時であったと思うのだが、製薬会社の元社員であったか、現社員であったか、とにかくそちら方面の事情に詳しい人に対し、私は 「製薬会社などがスポンサーとしてつくことで、ある種の配慮というか、研究成果に不正なバイアスが入るのではないか」と質問した。 すると、その人は「そういうつもりで資金を出しているわけではない、良心に従って公正な結果を公表していただければ良い」と答えた。

それを言葉通りに受け取ることは難しい。 というのも、臨床診療科の皆様は製薬会社と親密な関係にあるが、我々病理や、あるいは純粋基礎医学の人々は、そういった製薬会社との関係を持っていないからである。 我々は、臨床医学以外の科学諸分野の人々と同様に、勉強会には自費で参加し、弁当代は自分で払うという、あたりまえのことを行っている。 もし製薬会社が臨床諸科に対し本当に純粋な厚意と社会貢献の目的で協力しているのだとすれば、 彼らは病理や基礎医学は社会的意義が乏しいと判断している、ということになる。

そういえば先日、病院の食堂で、三年目あたりの若い医師同士が雑談しているのを耳にした。 その医師は製薬会社の MR (Medical representative) に対し、ある種の薬剤の資料をくれるよう、要求したらしい。 MR 氏は、速やかに当該資料を用意し、その医師に渡した。 ところが、それ以来、廊下などですれ違うたびに、その MR 氏から話しかけられるようになって「ウザい」と、その医師は言っていた。 友人らしき 2, 3 人の医師も「それはウザいな」などと同調していた。

この人の頭は、どうなっているのだろうか、と、思った。 MR 氏が我々にヘコヘコと頭を下げるものだから、つい、自分は彼らよりも偉い、彼らは召し使いのようなものだ、などと誤解したのだろうか。 彼らから資料を受け取るということが、社会的にどういう意味を持つのか、わかっていないのである。 こういうところが、医者は世間知らずだ、と言われるゆえんである。


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