これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/05/23 薬物濫用

朝日新聞デジタルに、米国におけるオピオイド濫用の記事が掲載されていた。 簡潔にいえば、医師による不適切な処方を発端として「ごく普通の人」がオピオイド依存に陥り、生活を蝕まれる例が少なくない、というものである。 これは昨今の米国医療における重大な関心事であり、某娯楽雑誌にも、しばしば記事が掲載されている。 ただし日本では、この問題はあまり注意されていないように思われる。

朝日の記事は、この問題をよくまとめている。 たぶん、日本では、現時点では米国に比して医原性オピオイド依存は少ないと思われるが、今後、増加するであろう。 それに先駆けて警鐘を鳴らす意味で、この記事は、たいへん、よろしい。 強いていえば、「痛みのない人が使うと脳内に快楽物質が出て依存症になるため、通常は医師の処方が必要。」という記載は、いささかの問題があるように思われる。 適切な鎮痛に使う限りであれば依存を来さないかのように読めるが、そのような証拠はない。 一年前に書いたように、適切な鎮痛であっても依存を来たす恐れはあると考えられる。

また、オピオイド以外に、抗精神病薬やベンゾジアゼピン等の、いわゆる睡眠導入剤の依存にも注意を要する。 一部の医師は、譫妄患者に対し安易に抗精神病薬を処方する癖があるように思われるが、 これが医学的根拠を欠くものであるということも昨年、書いた。 特に急性期病院では「てっとりばやく患者を落ちつかせる」ために、こうした薬を処方したまま、他院に転院させる。 すると転院先の病院では、前医で処方されていた薬を止めるには多少の勇気がいることから、漫然と、処方継続される。 退院してからも、外来で処方は継続され、薬物依存患者ができあがる。

あるベテラン医師と、抗精神病薬の濫用について話をしたことがある。 その人も、譫妄患者に対して濫用の傾向があることに多少の懸念を示していた。 ただし、その人は呼吸停止などの急性有害事象のリスクがあることを問題視しているのであって、依存のことではなかった。

不適切な処方による薬物濫用を問題視する声は以前からあり、特に学生は、その問題をよく勉強したはずである。 薬理学の名著である Golan DE et al., Principles of Pharmacology, 4th ed. (Wolters Kluwer; 2017). も、独立した章を設けて、濫用を論じている。 ところが臨床実習や、あるいは医師として経験を積むうちに、諸君は基本を忘れ、「そういうものだ」と現実を受け入れ、改革の心を忘れてしまうのである。 ひょっとすると、これは、先生のおっしゃることを無批判に受け入れるよう長年にわたり調教されてきた成果なのかもしれぬ。

これに対し近年、ようやく、薬物の不適切処方を改善しようとする動きが大きくなりつつある。 我が北陸医大 (仮) では、そのような動きはみられないが、県内でも山間部の某市中病院では、そうした問題に大いに関心を向けている。 また、私が名古屋にいた頃にも、臨床実習の際に某市中病院で、多剤併用を懸念し苦い顔をしている医師に会ったことがある。 必ずしも大学病院が小規模市中病院よりも高度な医療を実施しているとは限らない、という実例である。


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