これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


医学日記 (2018 年度 2)

2018/10/04 AERA

AERA というのは、朝日新聞社が刊行している週刊誌である。 あまりマジメな雑誌ではないので、その内容にイチイチ批判を加える気はないが、たまたま目にした記事があまりにも酷かったので、指摘しておく。 一応、補足しておくが、私は普段、このようなくだらない雑誌は読んでいない。

西川史子が明かす 女子減点問題「当たり前」発言の真意とは?というものである。 例の東京医大の事件について、西川史子というタレントが、女子受験生を一律に減点した措置について 「医療現場では当たり前のこと」と発言したらしい。 この西川史子という者について私は知らないのだが、どうやら美容形成外科医でもあるらしく、面白がって AERA が取り挙げたのだろう。

西川史子は、聖マリアンナ医科大学の卒業生であるらしい。 聖マリアンナというのは、名前は割と知られているようにも思うが、入学するのは比較的簡単だが学費が高い、という意味で、典型的な私立医科大学である。 誤解をしている人もいるようだが、医学部医学科の学費が高いのは私立大学の話であって、国立大学であれば、他学部と変わらず、6 年間で 300 万円から 400 万円程度である。 従って、6 年間で 3,000 万円だか 4,000 万円だかの学費を払ってまで私立医科大学に入る人には「相応の事情」がある、と考えるのが自然である。

で、その西川史子のインタビュー記事であるが、述べている内容が、まるでトンチンカンである。以下、具体的に指摘する。

西川は「医者の友だちや上の先生からも『よく言った』と言われ」たらしいが、これは、西川の交友関係が偏った思考の持ち主なだけである。 あんなのは、医療現場において、何ら「当たり前のこと」ではない。 私の周囲は異口同音に、東京医大は頭がおかしいんじゃないか、というような反応であった。 たとえば我が北陸医大 (仮) には、女性医師の増加を懸念する声は皆無であり、むしろ女性医師の増加を好ましいこととする空気がある。 むろん、入試で女子受験生に対する差別的取り扱いなどなく、女子学生の割合も多い。学年によっては、過半数が女性、という例もある。 その結果、情報の真偽は確認していないが、北陸医大の女子学生比率は東京女子医大に続いて全国二位である、などという話も聞いたことがある。

また、西川は「体力面などで、どうしても女子にはできないことがあるので、ある程度選別するのは当たり前ではある」と述べたが、不適切である。 体力云々をいうなら、入試で体力テストを実施すべきであり、男女で区分すべきではない。 男性であっても私のように貧弱な身体能力の持ち主もいるし、逆に女性であっても日頃から鍛えている人なら、並の男性より体力がある。 それを一律に男女で分けるのは、単に不当な性差別である。 西川は、具体例として患者の脚を一時間も二時間も持ち上げる、という肉体労働の難しさを挙げているが、そんなのは人間が手でやるべきことではない。 適切な器具を使うべきであって、医師に体力を要求する理由にはならない。 仮に人の手でやらねばならない事情があったとしても、それを医師がやる必要はなく、看護師で良い。 「シミ」の例も挙げているが、これも単なる性差別なので、話にならぬ。

「国立はダメですけど、私学だったら男子を選ぶのは仕方がない」という発言も、国立は男女差別してはいけない、という思い込みでお茶の水女子大の存在を否定する暴言である。

西川は「学校としてはちゃんと卒業して国家試験に受かってもらいたいから、優秀な子を採りたいんだけど」とも述べているが、程度が低い。 聖マリアンナではそうなのかもしれないが、それを全国標準であるかのように考えられては困る。 京都大学をはじめとする、まっとうな教育をしている大学であれば、医師国家試験などを目標にしない。

「(医師の)花形は外科です」あたりは、もう、何を言っているのかわからないので、相手にしない。 また、訴訟が多いから外科は避けられる、というのも事実に反する。 医師の過失による訴訟や、それによる損害賠償責任については、普通は医師賠償責任保険に加入しているので、それほど重大な負担にはならない。 ただし美容形成の場合は、通常の医療行為の範疇ではなく、法医学的に違法な症例が存在すると推定されるので、事情が違うであろう。

そして最も重大な誤りは、保険点数についてである。 西川は白内障手術と胃癌手術について「どっちも同じ保険点数」と述べているが、実際には白内障手術 (水晶体再建術) は 12,100 点、 胃癌の手術 (胃切除術) は 55,870 点で、全然、違う。 それでも白内障手術の方が時間が短く、数を「こなす」ことができるから儲かるかもしれないが、少なくとも西川がいうほどの差ではない。

さらに西川は、保険点数を高くすれば医者が儲かるかのように書いているが、意味が分からない。 診療報酬というのは、患者や保険団体が病院に払う金額であって、それと医者の給料とは関係がない。 私立病院の中には、病院に利益をもたらす診療科の医師に高い報酬を払うところもあるだろうが、そういう利潤追求型の病院経営が健全であるとは思われない。

西川は「医療現場は、長い時間現場にいたら、それだけ学べるという考えなんですよ。医局で何げなくしゃべってることが参考になったりするんです。」と述べているが、 それは西川の周りがそうだった、というだけであって、医療現場の普遍的事実ではない。 まともな病院であれば、on と off を切り換えて、適切に勉強している。一般社会と何ら変わることはない。

最後に、西川の「私の学年で一緒だった子で大学病院にいる子はいないです。」という言葉に、全てが含まれている。 要するに、医師免許を取ってバリバリ金を稼ぎたい、だとか、開業医の親の跡を継ぐだとか、そういう理由で医者になった連中ばかりなのであろう。

聖マリアンナの人々が、この西川発言にどのように反応したのか興味はあるが、わざわざ調べようとまでは思わない。


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