これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/10/02 残ってもらう

我が北陸医大 (仮) のような地方大学の場合、初期臨床研修医は定員を満足できるかどうかギリギリのところである。 研修医の大半は北陸医大の卒業生であり、少数ながら存在する他大学出身者も、県内出身で他県の医学部を卒業した者であることが多い。 他県出身かつ他大学出身などという例は、私の他には、知らぬ。

研修医の数が極端に少なくなると、大学病院としての存在意義を問われるだけでなく、病院経営上も問題があるらしい。 だから病院長や副院長も、なんとかして、北陸医大の卒業生に自大学に残ってもらおうと工夫を凝らしている。

しかし、よく考えてみると、北陸医大に「残る」学生というのは、北陸医大が良い大学だと考えて積極的に選んだわけではないであろう。 地元だから、出身大学だから、なにかとやりやすい、というような理由で選んだに過ぎない。 隣県の某大学だとか名古屋大学だとかに比べて北陸医大の方が研修環境として優れている、と判断した者は少ないと思われる。

私は研修医時代、病院長や副院長に対し、北陸医大の卒業生に残ってもらうことよりも、他県から人を集めることを考えるべきではないか、と言ったことがある。 本当に魅力のある大学であれば、県外からも研修医が来るはずであり、そのような大学を創るべきである。 そういう魅力を醸成することなしに、ただ自大学出身者を残らせるだけの方策を考えても、その場しのぎに過ぎず、根本的には何も改善しない。 しかし、私の言葉は病院長や副院長には届かなかったようである。

北陸医大は、設備も予算も貧弱である。 たとえば、2016 年に手術支援ロボット da Vinci が導入された際、我が大学は大いに盛り上がった。 しかし名古屋大学は 2010 年、藤田保健衛生大学では 2008 年に da Vinci を導入しているのだから、今ごろ、それで盛り上がるのは時代遅れである。 世界の最先端とは、比較にもならぬ。 また、我が大学の予算的困窮の程度は、大学図書館の窮状にも反映されている。

そうした「恵まれない」環境の中で魅力的な大学を創るには、どうするか。 私であれば、教育の質で勝負する。 たとえば現在、我が大学では 12 月頃に、研修医症例発表会として、二年次研修医が自分の経験症例について発表する。 しかし、その内容は質が高いとはいえない。 私であれば、まずギフトオーサーシップを排除した上で、直接の指導医が発表資料作りに過剰に関与することを禁じる。 助言を与えるのは良いが、指導医が作ったスライドを研修医が流用するようなことは、あってはならない。 その上で、スライド作りや発表技術の向上のために、綿密な指導を実施する。 これに際しては、基礎医学や看護学などの教員にも協力を要請する必要がある。発表能力の低い臨床医だけでは、指導の質に期待できないからである。 そして、発表会も 2 年を通して 1 回などではなく、少なくとも 3 箇月に 1 回、できれば隔月ぐらいで行いたい。

そんなこと、できるものか。 特に、基礎や看護の教員に協力を求めるなど、できるものか。 おまえの言っていることは、非現実的な妄想に過ぎない。 と、批判する人もいるだろう。 しかし、それを何とかするのが、学部長や院長、および学長の仕事である。 その程度の学際協力も実現できないぐらいなら、資質がないから、辞任した方が大学と日本のためである。

話は変わるが、東京医科大学も、我が北陸医大と類似の状況なのだと思われる。 過去三年間の統計をみると、東京医大病院の研修医は 7 割から 8 割程度が自大学出身者である。 東京の大学病院では、他大学出身者の割合が比較的高いのが普通であるらしく、7-8 割というのは、かなり高い。 同じ私立大学であっても、慶應義塾や順天堂、慈恵医大などは、自大学出身者割合が 2-4 割程度と低い。 ついでにいえば、帝京大学は 80-90% が自大学出身者である。 また、分院は本院よりも自大学出身者が多いようで、たとえば東京医大八王子医療センターは、3 年連続で 100% が自大学出身者であった。

そういう環境が、例の事件の背景にあるのだろう。


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