これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2018/09/15 臍帯の化生 (2)

さて、胎盤病理学について世界最高峰の名著といえば、Benirschke の Pathology of the Human Placenta であろう。 現在の最新版は第 6 版で、2012 年に出版されたものであるが、あいにく、我が北陸医大 (仮) には、2000 年に出版された第 4 版しか所蔵されていない。 そろそろ次版が出そうな頃合なので私は買い控えていたのだが、なかなか第 7 版の刊行予定が公表されない。 私は胎盤病理学を志している以上、Benirschke の教科書をいつまでも買わずにいるのは恥ずかしいので、とうとう先日、第 6 版を注文した。 現在、英国から我が家にむけて輸送中である。

さて、Benirschke の第 4 版では、臍帯の化生については明記されていないものの、胎盤の羊膜上皮について次のように記載されている。

... We refer to them as ``squamous metaplasia,'' a misnomer... The amnion is squamous, and these areas of metaplasia do not form in response to some chronic irritation or inflammation... They merely betray maturity and are not found in immature placentas. This so-called squamous metaplasia of the amnion is actually only the focal keratinization of the epithelium. ... In this context, one must recall the developmental and structual continuity ... of amnionic epithelium and the squamous fetal skin.

これは「扁平上皮化生」と呼ばれるが、適切な名称ではない。(中略) 羊膜は、もともと扁平上皮であるし、この種の化生は慢性的な刺激や炎症に対する反応として生じるものでもない。(中略) これは、単に、正常な成熟の過程から外れた結果として生じるだけのものであり、未熟な胎盤ではみられない。 この、羊膜のいわゆる扁平上皮化生は、実際には上皮の角化に過ぎない。 (中略) この変化について考えるにあたっては、羊膜上皮と胎児皮膚が構造的および発生学的に連続していることを思い出すべきである。

すなわち Benirschke は、臍帯上皮の重層化や角化は、外部からの刺激に対する反応ではなく、分化経路から軽度に逸脱しただけである、という立場らしい。 胎児や胎盤の病的変化を反映するものではなく、機能的に問題のない形態変化の範疇なのだから、生理的範疇と考えて良い、という態度である。

そうなのかもしれぬ。 しかし私は、エラい先生のおっしゃることを素直に信じるほど純真ではない。 Benirschke は、一体、何を根拠に「外部からの刺激に対する反応ではない」と考えたのだろうか。 確かに、我々がみる組織標本においては、こうした重層化は通常、炎症や繊維化を伴っていない。 その意味において、気管支や肺の扁平上皮化生とは意味が異なるであろう。 しかし、正常の分化経路から逸脱するからには、何らかの事情があるはずなのである。 その「事情」を理解していないのに安易に「病的意義はない」とか「生理的変化である」とか記載するのは軽率である。 Mills や Benirschke の姿勢は、病理学的ではない。

私なら「病的意義は不明である」と書く。


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