これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
ひさしぶりに、まじめな医学の話をしよう。 時に臍帯にみられる変化についてである。
臍帯には、通常、2 本の動脈と 1 本の静脈が通っており、その周囲は Wharton's jelly と呼ばれる結合組織で埋められている。 細かいことをいえば、尿膜管や卵黄腸管の遺残物がみられることもある。 こうした臍帯の表面は、単層の立方ないし扁平上皮で被覆されている。 このあたりまでは、組織学を修めた学生なら誰でも知っている。
臍帯の病理組織標本をみると、表面の上皮が重層化しているものが稀ではない。 私は、これを初めてみた時、何か重大な病変なのではないかと思った。 しかし組織学の名著である Mills SE ed., Histology for Pathologists, 4th ed. (2012; Wolters Kluwer). をみると
True squamous metaplasia of the umbilical cord is considered a normal variant.
と記載されており、これは何ら病的なものではない、とされている。 なお、この Mills の組織学の教科書は、Ackerman の外科病理学の教科書と並び、病理医なら誰でも持っているような名著である。 現在の最新版は第 4 版であるが、来年 2 月には第 5 版が出るようなので、買い忘れないよう注意されたい。
さて、過日、上皮の重層化だけでなく、明瞭な角化を伴う臍帯をみた。 重層化は生理的な変化の範疇だとしても、角化を呈するのは、何か病気ではないのか。 そう思い、あらためて調べてみたのだが、Mills は、その点について明確な記載をしていない。
これについて、キチンとした医学書ではないが「病理と臨床」というオタク向け雑誌の臨時増刊号 (Vol. 35; 「病理診断に直結した組織学」) には次のように記載されている。
(臍帯の) 最外層は主として, 単層立方の羊膜上皮と同様の上皮に被覆される. 後で述べる羊膜と同様に扁平上皮化生を伴うこともあるが, 病的意義はない.
(羊膜では) 顆粒層と角化を伴う扁平上皮化生がみられることがある.
しかし、Mills にせよ「病理と臨床」にせよ、何を根拠に「病的意義はない」と述べているのか。 通常はみられない変化が上皮にみられるならば、治療介入を要するかどうかはともかく、それは何らかの病変と解釈するべきではないのか。 頻度が高いとか、胎児の予後には影響しないとかいう観察事実は、それが病的であるかどうかという病理学的判断とは、関係ないのである。
少し長くなりそうなので、続きは次回にしよう。